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あえて出典を申し上げれば…

 投稿者:海棠槇人@管理人メール  投稿日:2010年10月11日(月)15時43分35秒 nttkyo567047.tkyo.nt.ftth.ppp.infoweb.ne.jp
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  >丸谷憲司 様
いつもながらの放置状態で申し訳有りませんでした。m(_ _)m
最近仕事も忙しくて、なかなか来られません。情熱はまだあるんですがね。(;^_^A)

ええと。あえて出典を申し上げるなら、平安時代中期成立の「和名類聚抄」でしょうか?
五十瓊敷入彦命が太刀を千振り(伊部氏が祀った剣を含む)を作ったのは、「記」では鳥取の河上宮、「紀」では茅渟の菟砥の川上宮で、鳥取(ととり)も菟砥(うと)も、和名類聚抄によれば和泉国、つまり現在の大阪府阪南市になります。平成3年(1991年)10月より、大阪府泉南郡阪南町は大阪府阪南市になったそうですから、私の持ってる古い「記」か「紀」の注釈に載っていたのかもしれません。
また、河内・和泉・伊勢・美濃・上野・越前・丹波・丹後・但馬・因幡・出雲・備前・備中・肥後と日本中に数ある「鳥取」という地名は、白鳥を捕らえて朝廷に献上する「鳥取部」という部民の住んでいた土地に由来するといわれますが、鳥取部は垂仁天皇の皇子・誉津別命の項に初めて登場しますが、「鳥取」の地名はそれより前の項、誉津別命の長兄にあたる、伊部氏が奉祀するあの「剣」を作った五十瓊敷入彦命の項に見られる為、泉州の鳥取は数ある鳥取の中でも最も由緒ある「鳥取」であると考えられます。
備前焼が備前市伊部地区で盛んで「伊部焼」の別名を持っていることからも吉備(岡山)と伊部氏の関係は深いですが、伊部氏が五十瓊敷入彦命が作った剣を、座ヶ嶽の山頂に祀っていたという延喜式神名張に見える「伊部磐座神社」は、越前国敦賀郡・現在の福井県丹生郡越前町(旧織田町)の岩倉と推定されており、忍熊王がその剣を祀った剣神社もごく近くにあって越前国二宮であるので、吉備国(岡山県)でないから伊部氏と整合性が取れないということはないと思います。伊部郷は越前国敦賀郡ですし…。詳しくは弊サイトの吉備氏をご参照下さい。
が、これはあくまで記紀を素直に読んでの「定説」です。誉津別命のお話は、出雲系の伝説の匂いがしますし、記紀には時間軸的なトリックが仕掛けられているのもまた事実。定説を覆すのが研究者のお仕事ですから、一層の御研鑽と益々のご活躍を祈念申し上げます。トリックをお解きになられましたら、またリンクでも貼って教えて下さいませ。m(_ _)m

海 ^_~*

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