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FM東京 沖家室紹介

 投稿者:屋代源三  投稿日:2017年 9月16日(土)19時23分54秒
返信・引用
  本日18:30分よりFM東京が沖家室の屋室針と地屋室の石風呂の紹介をしましたね。
ラジオが家に無いので、車のエンジンをかけて車庫で聞きました(笑)

松本さんの話ぶりも久々に聞きました。
本人のHPはアラシに遇って閉鎖されていますね。難儀なことです。
宮本常一用のHPも同様にアクセスできなくなっていますね。

そうですね、昔は釣り針は自分で作ってましたね。魚を沢山釣ってかつ大物を釣り上げる漁師は
自分で加工していたことを思いだしました。特に鯛針は引きが強いので頑丈に作り、返しが無くならないようにする焼き入れの塩梅が大変だったとされますね。

石風呂で現在生きているのは地屋室だけでしょうね。
かっては大島の村々に一つづつあって、地下(地元)の人たちの楽しみであったとされます。
大島で一番有名なのは久賀の石風呂ですが、これは今では遺跡になってしまいましたね。
健康管理の為の風呂なので薬師様が見守っています。
久賀のは弘法大師の教えで作られたとされ、伊予の大洲ではこの石風呂を真似て江戸期に造営
しました。四国の他の石風呂も源流は久賀の石風呂でしょうね。
岩風呂は地元民で管理され、他村の人が利用する時は入浴料を貰って維持していました。
一種の公衆浴場ですね。ただサウナですから湯はありませんが・・・・。
 
 

アクセス回数6万回突破

 投稿者:屋代源三  投稿日:2017年 8月15日(火)07時50分21秒
返信・引用
  アクセス回数が6万回を突破しました。

丁度、五年と一ケ月かかりましたね。

談論風発を望むところです。
 

Re: 豪華客船、周防大島へ

 投稿者:屋代源三  投稿日:2017年 7月23日(日)07時53分21秒
返信・引用
  > No.1545[元記事へ]

獺祭は奈村さんではなく嶋元さんでした。
 

豪華客船、周防大島へ

 投稿者:屋代源三  投稿日:2017年 7月23日(日)07時45分12秒
返信・引用
  来る8月9日、豪華客船ぱしふっくびーなす号(26000トン・乗客620名)が周防大島へ来航しますね。

http://cruise.tobutoptours.jp/2016/12/pacificvenus-20170808-0811.php

片添け浜の海水浴がメインのようですが、オプショナルツアーとして柳井旧市街が組まれているようです。
残念なのは周防大島内のツアーが組まれていないことですね。

このクルーズ誘致にあたり町役場ではどなたが担当されたのか存じませんが、観光誘致と椎木町長が言っているのに島内の観光ツアーが開発されていないのは残念です。

今からでも遅くありません。サプライズOPとして、島内観光案内を出すべきでしょうね。
景色を中心とした、①周防大島ビューコースと②周防大島歴史ヒストリカルコースぐらいはすぐ
できるでしょう。周防大島のビューの最高は帯石観音上の天狗岩からの九州、四国、廣島への
パノラマビューでしょうね。後、立岩等紹介すべきは沢山ありますよ。
歴史コースは弘法大師ゆかりの文殊堂や村上水軍棟梁村上武吉の墓や、見栄えの良い日見の大仏もあります。地元では見慣れた景色ですのであまり感動しませんが初めての人には印象深いですね。

また、国内的に有名なのは作詞家星野哲郎氏であり、学術的には有数な民俗学者宮本常一氏ですのでゆかりの地の訪問も組入れるべきでしょうね。

いづれの場所も狭い道を行かねばなりませんので、マイクロバスが必要となりますので、地元のモータースを総動員する必要がありますね。また説明するボランティアが必要となります。
マイクロバス一台運転手付きで1万円、ボランティアは無料なら、なんとか町の予備費で出せる
でしょう。椎木町長緊急提案し、町議会に承認して貰ったら如何でしょうか?

議長の荒川君出番ですよ。瀬戸貝料理をしている場合ではありません。

周防大島クルーズが定番化すれば地元にとっては大きな収穫です。

彼等はクルーズ全体で最高一人64万円も支払う移動する金庫です。どこで財布のひもを緩める
かは地元のおもてなしと受け入れ態勢ですね。
柳井へ行く普通の観光バスでも20~28人で一台必要となります。マイクロだと最大一台10名以下が規準です。出航がサンパン(通船)となっていますので、出航地には大島だけではなく
山口県の名産品を売れる場所が必要でしょうね。クルーズ客にとっては唯一の山口県の寄港地と
なりますので、下関ふくから、仙崎蒲鉾、山口外郎、近頃はやりの岩国の獺祭の提供もよいでしょうね。獺祭なら奈村さん出張販売すればすみます。

客単価1万円なら600万円の売上になります。

クルーズ船は格安ツアーと違い、通常客の数倍の年収者が多いので、超大型船の帰港が決まると
一日で地元へ数千万円落とします。かって山陰の港に一隻の観光船は入港し買い物に繰り出しました。地元の大手ショッピングモールは、イナゴが通ったあとのように商品が殆どなくなりましたとニュースは伝えましたね。

このようにクルーズ船の誘致には全国の自治体が必死で取り組んでいます。

周防大島も負けないようにして頂きたいものです。
 

また一人長州人逝く

 投稿者:屋代源三  投稿日:2017年 7月19日(水)06時57分42秒
返信・引用
  「生涯現役」として著作や講演など幅広く活動してきた聖路加国際病院名誉院長の日野原重明(ひのはら・しげあき)さんが、18日午前6時33分、呼吸不全で死去しました。

日野原さんは山口県萩ですが、母親が実家へ帰り出産しましたので現山口市出身とされています。どちらにしろ生粋の長州人です。
保守的な山口県としては珍しくキリスト教徒の父を持ちましたので彼も洗礼を受けています。

彼を一躍有名にしたのは、突発的大災害に備えた病院設備を備えたことです。
病院のロビーや廊下まで緊急時に病室として使えるように整備しました。
地下鉄サリン事件の時、次々と運ばれるサリン中毒患者を受け入れ、なんと廊下にまで酸素吸入
配管がしてあり、次々と医師や看護師が対応していたニュースは驚きをもって報道されましたね。東北地震の時、東京都も混乱しましたが、他の病院と違い、聖路加国際病院はこの非常事態も整然と対応したことは記憶に新しいですね。

すべて日野原氏の先見性のなせる業でした。

また、日本医師会は看護師を医師の下に見ますが、日野原氏は医師も看護師もそれぞれ専門職で
あり相互に協力してこそ医療は成立するとの考えで看護師の地位向上に努めました。

105歳の大往生!、あやかりたいものです。アーメン。
 

金井家は真田(金井)高勝が開祖?

 投稿者:金井健一  投稿日:2017年 6月29日(木)15時44分33秒
返信・引用
  金井家は真田(金井)高勝が開祖でしょうか?  

Re: 志駄岸八幡宮倒壊の危機?

 投稿者:屋代源三  投稿日:2017年 5月26日(金)19時21分53秒
返信・引用
  > No.1459[元記事へ]

志駄岸八幡宮への寄付お願いのため、このサイトにUPしていましたが、全国より寄付が届き始めているとかで大変うれしく思います。

まだまだ目標額には届かないようですので再度UPしお願い致します。


  屋代 源三




志駄岸神社(小松の八幡様)が昨年四月の大雨で本殿境内の一部が崩壊し、亀裂は今でも本殿に向かい進行しています。現在ブルーシートでも応急措置がしてあるそうですが、又、大雨が降ると左の崖が石垣ごとえぐり取る可能性があり、場合によっては本殿が倒壊する恐れがあります。
>
> 氏子達や宮司らが手をこまねいていたわけではなく、山の中腹が決壊場所なので工事車両も入れず、まずは仮設道路の建設から始めなくてはならず、費用が莫大となるようです。
>
> 遠く関東に住む氏子まで「奉加帳」が回ってきました。
>
> それによると費用総額 『 2000万円 』とのこと、氏子は国内外で1600軒を超すと思われますがいかに窮状を伝え集金するかが大変です。
>
> 協賛の一助とするためUPします。氏子以外の方の協賛も歓迎します。
>
> ①志駄岸八幡宮創建 今から1286年前の731年(天平3年宇佐八幡宮より分祀)
>
> ②氏子地域     椋野、三蒲から小松、開作、屋代、志佐、沖浦、横見、(旧大島町全域)
>
> ③協賛依頼     地元全氏子(地区長集金)、離島氏子(国内外)東京大島町人会等、
>
>
>
>       志駄岸神社修復趣意書
>
>
>   長年に亘り、椋野、三蒲から小松、開作、屋代、志佐、沖浦にお住まいの皆さま方に、産土
>
> 神・氏神様として崇敬されて参りました、志駄岸神社(小松の八幡様)の運営にはご支援ご協力
>
> を賜り、誠にありがとうございます。総代会一同は、平素よりふるさとを象徴する八幡様を守り
>
> 、次世代に手渡すべく神社活動をして参りました。
>
> さて、皆様の記憶にも新しいところですが、東北の大震災、山口、広島県の土砂災害、昨年の熊
>
> 本県の震災など、時代がどんなに変わっても日々の暮らしのなかでの自然災害は時として甚大な
>
> 被害をもたらしてきました。我が志駄岸神社も、1200年代に、東屋代山麓から現在の小松の
>
> 地に社殿を構えてからも、幾度も自然災害に出会い、そのつど、氏子の皆さまからの御寄進によ
>
> り修復を重ねて参りました。
>
>  近年では平成3年(1991)9月27日台風19号のもたらした大災害で、神社の屋根の崩
>
> 壊、拝殿の損傷等惨憺たる状況となりましたが、これも皆さまからの厚いご芳志を頂き、見事に
>
> 復興した経緯があります。その後も平成22年の暴風雨で破壊された住吉社再建、一昨年(平成
>
> 27年)は神殿裏山に土砂崩れが起こり復旧させたばかりであります。
>
> この様ななか、昨年4月境内の石垣と玉垣が崩壊する事態が生じました。原因は長年に亘る風雨
>
> 地震等による地盤への影響と思われます。災害箇所は境内の最上段で、隣接の谷川に落ち込んで
>
> おり、このまま放置すれば崩壊箇所が拡大し、下流に甚大な土砂災害を及ぼす危険があり、早急
>
> な復旧工事が必要となっております。ご承知の通り境内には車両用の道路もなく、まずは工事用
>
> 仮設道路作りから始める、大がかりな工事となります。
>
>  また、これを機に境内における石垣のゆるみ、石燈篭や玉垣の傾きなどを、総点検して危険個
>
> 所は修復し、安心、安全な鎮守の森の再生をしたいと思っています。
>
>  ここに奉賛会を結成して多くの氏子・崇敬者のみなさまには趣意にご賛同を賜り、厳しい時節
>
> ではございますが、格別な御奉賛ご援助を賜りますようお願い申し上げます。
>
>          平成29年2月吉日
>
>                      志駄岸神社奉賛会
>
>
>   志駄岸神社氏子・崇敬者の皆さまへ
>
>
>    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
>
>
>                事業内容と予算
>
>
> 内容       イ 工事用仮設道路建設  ロ 崩壊した石垣・玉垣の復旧
>
>          ハ 境内の石垣他、石造物の点検修復  ニ 手水場の移設
>
> 予算       イ 募金目標  20、000、000 円
>
>          ロ 奉賛金   一戸当たり1口5000円、2口以上お願い致します
>                 (多少にかかわらずこ協力頂ければ幸いです)
>
>
>                奉賛の方法と納入
>
> 方法       常任委員又は地区委員が奉加帳を持ってお願いに参りますので
>          ご寄進の金額とご芳名をご記入下さい
>
> 納入       委員へ領収書と引き換えにご納入して下さい
>          また、奉賛会へ直接納入の場合は下記金融機関にお振込みください
>
>          イ 山口銀行大島支店       普通預金5016368
>            口座名義 志駄岸神社奉賛会 会計 清水寿夫
>           (山口銀行での振り込みは手数料を差し引いてお願いします)
>
>          ロ 山口大島農業協同組合小松支所 普通預金0008364
>            口座名義 志駄岸神社奉賛会 会計 清水寿夫
>
>          ハ 大島郵便局          振替口座01320-7-105437
>            口座名義 志駄岸神社奉賛会
>
>
>                表彰の方法
>
>          イ 奉賛者全員のご芳名を神殿に奉納します。
>
>          ロ 金額別に金属版刻銘して、神域に掲げます
>
>
>                奉賛会役員名(順不動)
>
> 常任委員     会長    今元直寛(西屋代)
>
>          副会長   松田義一(西三蒲)  吉田一道(小松北・南)
>                森谷寿幸(東屋代)  福原篤彦(横見)
>
>          委員    松田憲生(椋野)   林 茂樹(東三蒲)
>                鈴木満弘(志佐)   丸子光男(日見)
>                藤田久雄(戸田)
>
>          会計    清水寿夫(小松)
>
>          監事    相川 實(小松開作) 西岡義正(横見)
>
>          参与    平佐 明(志駄岸神社宮司)
>
>  地区委員(略)
>
>
>     志駄岸神社奉賛会
>
>         山口県大島郡周防大島町小松279の1
>
>              TEL & FAX 0820-74-2056
>
>
>
>       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
>
>
> 余白ながら、現在の大階段等を含む明治の大修復の先人たちの役員たちの名を記し、また、100年前の
> 大正8年ごろの志駄岸八幡宮本殿の写真をUPしましょう。崩れたのは社務所の裏側で、最上段の下の
> 大松は現在はありませんがそれ以外は現在同じで守られています。
>
>        明治の大修復役員一覧
>
>    社司  星出冨念  社掌  平佐正雄  橋爪安太郎(安定)
>
>    総代  蒲野村   藤本隅三 星出市郎 松田喜一
>
>        小松志佐村 河村源次郎 相川傳右衛門 柳原伊三右衛門
>
>        屋代村   今元直助 藤田耕吉
>
>        沖浦村   貞池久蔵 今元庄兵衛 平田益治
 

(無題)

 投稿者:片山博正  投稿日:2017年 5月18日(木)02時13分34秒
返信・引用
  昔殿様からもらったしまです  

Re: 片山島と片島と西屋代片山

 投稿者:片山博正  投稿日:2017年 5月18日(木)02時11分20秒
返信・引用
  > > 私も、親から「カタヤマ」と聞いています。
> > その昔、「カタヤマ」さんが移住して住んでたけど、夜中起きたら家の周りを大蛇に
> > ぐるりと囲まれていて、怖くなって帰ってきたそうです。
>
> 上記の藤井さんのお話は興味深いですね。
>
> いつ頃のどのような話なのかもっと詳しく知りたいものです。
> 「昔話」と言うのはある意味でなんらかの事件(出来事)の伝承が多いものです。
> 「大蛇伝説」は日本の彼方此方にありますが、一定の方向性を持っています。
> ヤワタノオロチが最古参ですが、日本人は大蛇伝説が大好きです。
> 大蛇は多くが一つの「権威・勢力」として登場するのが多く、元話はなんらかの勢力争い
> が垣間見られますね。
> 是非ともより詳しい「昔話」を聞きたいものです。
>
> また、この「片山」なる地名が気になります。
>
> 「地下上申」の片山島が記録される由宇村は村上図書家の給領地ですね。
> 同じく村上図書家の給領地の屋代村の片山地区との関連が想定されます。
> 現在の周防大島町西屋代片山(上・中・下片山と更に分割)との関連が気になります。
> 和田とか別地名でもありますね。
>
> 地名と言うのは不思議なもので、自然発生的であったり、お上が決めたり、人の名であったり、
> 逆に地名を苗字としたり、移住した先で元の地名をつけたり謂われはいろいろです。
> 自然発生的なものは北海道の地名のようにアイヌが発音していた場所を漢字に当てはめたもの、
> お上が決めたものは、長野県松本市や愛媛県松山市のような、徳川将軍家の本家「松平」にちなむ
> もの、移住した先では、日本各地の百済地名や広島県からの開拓者の地、北海道北広島、アメリカ
> のニューヨークなどですね。
>
> 私はこの片山島と西屋代片山地区は因縁が同じではないかと想像しています。
> 村上武吉の菩提寺大龍寺は和田で旧寺の跡に再建し、後に領地交換で一学家領の寺と入れ替え
> その後、西屋代片山極楽寺跡に移伝し、程なく焼失したことにより、現在の西屋代石井に移り
> 名を龍心寺と変え現在に至っています。
>
> この寺の正面が上片山です。右を少し下ったところが和田です。
> 決して旧東和町ではなく旧大島町です。
> 西屋代石井に寺を再建するにあたり、村上図書家は、かって伊豫で過した景色に似ているから
> この地と定めたとします【大龍寺文書】
>
> 断片的な言い伝えの根っこは同じなのかも知れませんね。
 

志駄岸八幡宮倒壊の危機?

 投稿者:屋代源三  投稿日:2017年 5月 6日(土)08時00分56秒
返信・引用
  志駄岸神社(小松の八幡様)が昨年四月の大雨で本殿境内の一部が崩壊し、亀裂は今でも本殿に向かい進行しています。現在ブルーシートでも応急措置がしてあるそうですが、又、大雨が降ると左の崖が石垣ごとえぐり取る可能性があり、場合によっては本殿が倒壊する恐れがあります。

氏子達や宮司らが手をこまねいていたわけではなく、山の中腹が決壊場所なので工事車両も入れず、まずは仮設道路の建設から始めなくてはならず、費用が莫大となるようです。

遠く関東に住む氏子まで「奉加帳」が回ってきました。

それによると費用総額 『 2000万円 』とのこと、氏子は国内外で1600軒を超すと思われますがいかに窮状を伝え集金するかが大変です。

協賛の一助とするためUPします。氏子以外の方の協賛も歓迎します。

①志駄岸八幡宮創建 今から1286年前の731年(天平3年宇佐八幡宮より分祀)

②氏子地域     椋野、三蒲から小松、開作、屋代、志佐、沖浦、横見、(旧大島町全域)

③協賛依頼     地元全氏子(地区長集金)、離島氏子(国内外)東京大島町人会等、



      志駄岸神社修復趣意書


  長年に亘り、椋野、三蒲から小松、開作、屋代、志佐、沖浦にお住まいの皆さま方に、産土

神・氏神様として崇敬されて参りました、志駄岸神社(小松の八幡様)の運営にはご支援ご協力

を賜り、誠にありがとうございます。総代会一同は、平素よりふるさとを象徴する八幡様を守り

、次世代に手渡すべく神社活動をして参りました。

さて、皆様の記憶にも新しいところですが、東北の大震災、山口、広島県の土砂災害、昨年の熊

本県の震災など、時代がどんなに変わっても日々の暮らしのなかでの自然災害は時として甚大な

被害をもたらしてきました。我が志駄岸神社も、1200年代に、東屋代山麓から現在の小松の

地に社殿を構えてからも、幾度も自然災害に出会い、そのつど、氏子の皆さまからの御寄進によ

り修復を重ねて参りました。

 近年では平成3年(1991)9月27日台風19号のもたらした大災害で、神社の屋根の崩

壊、拝殿の損傷等惨憺たる状況となりましたが、これも皆さまからの厚いご芳志を頂き、見事に

復興した経緯があります。その後も平成22年の暴風雨で破壊された住吉社再建、一昨年(平成

27年)は神殿裏山に土砂崩れが起こり復旧させたばかりであります。

この様ななか、昨年4月境内の石垣と玉垣が崩壊する事態が生じました。原因は長年に亘る風雨

地震等による地盤への影響と思われます。災害箇所は境内の最上段で、隣接の谷川に落ち込んで

おり、このまま放置すれば崩壊箇所が拡大し、下流に甚大な土砂災害を及ぼす危険があり、早急

な復旧工事が必要となっております。ご承知の通り境内には車両用の道路もなく、まずは工事用

仮設道路作りから始める、大がかりな工事となります。

 また、これを機に境内における石垣のゆるみ、石燈篭や玉垣の傾きなどを、総点検して危険個

所は修復し、安心、安全な鎮守の森の再生をしたいと思っています。

 ここに奉賛会を結成して多くの氏子・崇敬者のみなさまには趣意にご賛同を賜り、厳しい時節

ではございますが、格別な御奉賛ご援助を賜りますようお願い申し上げます。

         平成29年2月吉日

                     志駄岸神社奉賛会


  志駄岸神社氏子・崇敬者の皆さまへ


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


               事業内容と予算


内容       イ 工事用仮設道路建設  ロ 崩壊した石垣・玉垣の復旧

         ハ 境内の石垣他、石造物の点検修復  ニ 手水場の移設

予算       イ 募金目標  20、000、000 円

         ロ 奉賛金   一戸当たり1口5000円、2口以上お願い致します
                (多少にかかわらずこ協力頂ければ幸いです)


               奉賛の方法と納入

方法       常任委員又は地区委員が奉加帳を持ってお願いに参りますので
         ご寄進の金額とご芳名をご記入下さい

納入       委員へ領収書と引き換えにご納入して下さい
         また、奉賛会へ直接納入の場合は下記金融機関にお振込みください

         イ 山口銀行大島支店       普通預金5016368
           口座名義 志駄岸神社奉賛会 会計 清水寿夫
          (山口銀行での振り込みは手数料を差し引いてお願いします)

         ロ 山口大島農業協同組合小松支所 普通預金0008364
           口座名義 志駄岸神社奉賛会 会計 清水寿夫

         ハ 大島郵便局          振替口座01320-7-105437
           口座名義 志駄岸神社奉賛会


               表彰の方法

         イ 奉賛者全員のご芳名を神殿に奉納します。

         ロ 金額別に金属版刻銘して、神域に掲げます


               奉賛会役員名(順不動)

常任委員     会長    今元直寛(西屋代)

         副会長   松田義一(西三蒲)  吉田一道(小松北・南)
               森谷寿幸(東屋代)  福原篤彦(横見)

         委員    松田憲生(椋野)   林 茂樹(東三蒲)
               鈴木満弘(志佐)   丸子光男(日見)
               藤田久雄(戸田)

         会計    清水寿夫(小松)

         監事    相川 實(小松開作) 西岡義正(横見)

         参与    平佐 明(志駄岸神社宮司)

 地区委員(略)


    志駄岸神社奉賛会

        山口県大島郡周防大島町小松279の1

             TEL & FAX 0820-74-2056



      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


余白ながら、現在の大階段等を含む明治の大修復の先人たちの役員たちの名を記し、また、100年前の
大正8年ごろの志駄岸八幡宮本殿の写真をUPしましょう。崩れたのは社務所の裏側で、最上段の下の
大松は現在はありませんがそれ以外は現在同じで守られています。

       明治の大修復役員一覧

   社司  星出冨念  社掌  平佐正雄  橋爪安太郎(安定)

   総代  蒲野村   藤本隅三 星出市郎 松田喜一

       小松志佐村 河村源次郎 相川傳右衛門 柳原伊三右衛門

       屋代村   今元直助 藤田耕吉

       沖浦村   貞池久蔵 今元庄兵衛 平田益治
 

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